あるいは生について考えたこと

 昨年は母が徐々に死んでいったので、死について考えることが多かった。
 
 きっかけのひとつは宮下洋一『安楽死を遂げるまで』で、これは日欧各国の安楽死制度あるいはそれに向かう取りくみについてのルポルタージュだ。わたしは死は選べるものであってほしいと思っているので、その立場から読んだ。そのとき母は存命で、たしか薦めた気すらする。
 中身の要約はいろんな人がしているから感想を述べると、自分で腕に刺さったチューブのコックをひねって「遂げる」のを、わたしはすごく素敵だと思った。すべてを片付けて(それがどれだけ大変なことか)、選択して死にいたる、それはとても理想的なことだ。そういう特権的な死に対して、わたしは希望を抱いた。それからそれがもし万人に許されることだったら?と仮定をしてみたけれど、やはりそれは魅力的だった。
 もちろん安楽死が合法化されるためにはいろいろな議論を乗り越えなければならず、たとえば望まない人が追い込まれる形で安楽死を「選ぶ」はめになったらどうするのか?という問いに、わたしは明確な答えを返すことができない。社会はたぶん死をも選択にいれる方向に動いてくれると思うけど、それが具体化するのはだいぶ先の話だろう。だから『安楽死を遂げるまで』でわたしが思い描いたことは、ある意味でまだSFだ、とてもとても蠱惑的な。
 それが死について考えたひとつ。
 
 もうひとつはもちろん母で、彼女は病気だったので徐々に(半年くらい)かけて死んでいった。衰えという言葉の意味がよくわかったし、ひとから漂う死臭に近いものも嗅ぎとった。死んでいくのはやっぱり大変でしんどく、人生に一度でいいことだなと思った。
 彼女はわりと最期まで意識も清明だったけれど、やはりコミュニケーションは万全でなく、『安楽死を遂げるまで』に出てきたような、最後にきちんとあいさつをして死に臨むようなことは、残念ながらできなかった。といっても彼女の死に対して悔いややりのこしたことはなく、たまにセデーション(鎮静)をしたほうがよかったのかもしれない、と思うことはあっても、延命治療なんかをすればよかったのに、と思ったことはない。
(誰と比較するわけではないけれど)わりと冷静に死んでいった彼女のことを思うとき、自分もたぶん同じように取り乱さずに沈着に死んでいく、そうありたいと思う。そういう意味で身近な人の死は自分にとってあらためて死を考えるきっかけになった。
 
 それで母が死んで、わたしは祖父の逝去以来ひさしぶりに遺族をやったわけだけれども、身近な人を病気で失ってなお、やっぱり私は死を選びたいと思う。
 この希死念慮はずっと私と共にあるもので、付き合いはたぶん25年以上になる。タイミングが合えばわたしはいつでもそちら側に行きたい。ただ都合がつかない。今日宅配便が届くからだとか、あるいはものすごく具合が悪い日はもう動くことすら億劫だとか、大小さまざまな理由があって、いくつかのスイッチがすべてオンになることがなかった。残念ながら多分これからも、少なくとも法制度が整うまでは、私はこの感情と生きていくしかない。
 
 相変わらず生活はばたばたしているが、死後の諸々人知を超えた量の手続きもそろそろ終わるし、ばたばたしているのはいつも通りということだ。
 変わらずやっていること:梅シロップを漬ける、干し柿を作る、雑穀をご飯に入れる、鳥手羽元の中華スープを作る、祖母の入浴のあとしまつ、カーテンの定期的な洗濯、犬のグルーミング、母の友人(故人)をしのぶ食事会。
 変わったこと:三角コーナーをなくした、あさりのお味噌汁(父親の好物)が増えた、家の壁を塗りなおして、物干しざおを新しくした。両親の部屋だった部屋は父の部屋になった。誰も受け取れない宅配便の再配達が増えた。
 変化は些細だ。不在しか感じさせない程度に。死は想像よりずっと小さな欠落だ。
 
 私は精神、電気信号としての母が消え、物理物体としての母が燃えて骨になってから、もうあまり母のことを考えることはない。いないものはいないので、墓参りにもあまり意味を感じないし、本人が無宗教で式をやったのだから手を合わせるのも変だ。これを言うと親父はやけに怒るので言わないが、儀式はもう終わったし、文字通り死んだ親の年を数えても仕方ない。
 代わりにたまに夢を見る。いつも通りに叱られたり音楽の話をしたりしている「彼女」は顔も声も姿もぜんぜん母とは違っていて、「のようなもの」なのだが、確実に「彼女」だ。起きてからそれを味わおうとするが、特に甘みも渋みもない。
 
 読み終えられなかった円城塔『文字渦』、2期を見られなかった「ピアノの森」、ポールマッカートニーが歌う「When I'm Sixty Four」、板谷波山や田村一村の展覧会、私の出産予定日でもあった3月7日。そういうものが道々に落ちているが、母が健在だったらと考えることはしない。彼女は私の想像の外にいる。
 
 このまま生きて年をとると、当然のようにいろいろな人が死んでいくだろう。それを私は引き取って、生活の一部を組み変えて、普通に暮らしていく。
 
 このあと多分わたしは30年くらいは生きる(平均寿命ほど長くは生きたくない)と思うんだけど、その中でどう死に向かって生きていくか、をそろそろ考えないといけない歳になってきた。 私はこの家で死ぬだろう。たぶん祖母と父を見送ってひとりで死ぬ。リビングウィルは毎月更新しているが、弟が私より長生きしない限り実行する人はいない。
 さいわい生計は立てられている。処方は増えたけど毎日を規則正しくおくることもできている。もちろん洗濯ものを溜めたりごみを出さなかったりする日もあるけれど、決定的にダメになっていない。そのなかでどうやって死にいたるか。残りの人生を消費していくか。期限の切られていない曖昧な生のなかで、それでも死を前提とした生きものとして生きること。
 ちゃんと死ぬのは存外大変で、だからこそこれくらいは「遂げ」ないといけないなあと思っている。
 
 というのが2019年5月現在のわたしの考え。来年は違うことを考えているかもしれないけど、死がひどく身近にあった1年、だいたいそういうことを思っていました。おわり。
 
安楽死を遂げるまで

安楽死を遂げるまで

 

 

2018年よかった本

基本的に「今年読んだ本」なので既刊とか文庫化とか電子化とかも入ってます。順不同、ジャンルむちゃくちゃ、コメントなしですがいずれも面白いか役に立つかどっちかだと思います。
ファンダム・レボリューション:SNS時代の新たな熱狂

ファンダム・レボリューション:SNS時代の新たな熱狂

 
死体格差 解剖台の上の「声なき声」より

死体格差 解剖台の上の「声なき声」より

 
安楽死を遂げるまで

安楽死を遂げるまで

 
デリヘルドライバー

デリヘルドライバー

 
革命前夜 (文春文庫)

革命前夜 (文春文庫)

 
「大人のADHD」のための片づけ力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための片づけ力 (健康ライブラリー)

 
「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

 
発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

 
高齢化するひきこもりのサバイバルライフプラン 親亡き後も生きのびるために

高齢化するひきこもりのサバイバルライフプラン 親亡き後も生きのびるために

 
皆川博子の辺境薔薇館: Fragments of Hiroko Minagawa

皆川博子の辺境薔薇館: Fragments of Hiroko Minagawa

 
マリー・アントワネットの日記 Rose (新潮文庫nex)

マリー・アントワネットの日記 Rose (新潮文庫nex)

 
マリー・アントワネットの日記 Bleu (新潮文庫nex)

マリー・アントワネットの日記 Bleu (新潮文庫nex)

 
くたばれ地下アイドル

くたばれ地下アイドル

 
サリン事件死刑囚 中川智正との対話

サリン事件死刑囚 中川智正との対話

 
宇多田ヒカルの言葉

宇多田ヒカルの言葉

 
チェコSF短編小説集 (平凡社ライブラリー)

チェコSF短編小説集 (平凡社ライブラリー)

 
物語論 基礎と応用 (講談社選書メチエ)

物語論 基礎と応用 (講談社選書メチエ)

 
闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

 
銀河の死なない子供たちへ(上) (電撃コミックスNEXT)
 
バーナード嬢曰く。 (4) (REXコミックス)

バーナード嬢曰く。 (4) (REXコミックス)

 
最愛の子ども

最愛の子ども

 
夜愁〈上〉 (創元推理文庫)

夜愁〈上〉 (創元推理文庫)

 
夜愁〈下〉 (創元推理文庫)

夜愁〈下〉 (創元推理文庫)

 
荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

 
荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

 

 

※この2冊は葬儀前に買っておいてよかった本です 

身近な人が亡くなったときの手続きと届け出ぜんぶ (中経の文庫)

身近な人が亡くなったときの手続きと届け出ぜんぶ (中経の文庫)

 
大切な人が亡くなった後の手続き 完全ガイド

大切な人が亡くなった後の手続き 完全ガイド

 

 

以上です、よき読書ライフを!

 

2018年買ってよかったもの

2018年に買ってよかったものをあげていきます。本は別にまとめるのでなんかそうじゃない物理的な物体

 

実印(チタン)

相続で必要なので買いました。

www.e-nisino.com

ここのやつ。チタンなのはカッコいいからではなくて落っことしても欠けないからです。

 

EIZO 23.8型モニター EV2451-RBKAZ

憧れのEIZO(nanao)デビューしました。別にカラー絵をかく予定はないです。ノングレア、なによりも顔が映らなくていい……。

 

FILCO Majestouch2 Tenkeyless S ピンク軸

いろいろあって8万字ほど打つ必要があり、メカニカルキーボードデビューしました。打鍵感がよくツイッターがはかどります。

 

Anker PowerCore 20100

強いバッテリー。旅行に持っていけるバッテリーが欲しくて買いました。毎日持ち歩いており、それにはぶっちゃけ重いですが、災害・トラブル用だと思えばつらくない。

 

JapanKnowladge

japanknowledge.com

オンラインで引ける辞書、百科事典。月額1600円でこれは安い。仕事でもプライベートでも使い倒しています。

 

EX-word XD-Z6500

これも仕事で使ってます。特徴としてはJapanKnowladgeに入ってない辞書が引ける。あとオタクごとで四字熟語を引く機会が増えたのでそれにも大活躍。

 

アンブリオリス モイスチャークリーム

下地にできる香りのいいニベア上位互換。朝はサボリーノすら面倒だったのですがこれは塗れた。

 

ALBION SMARTSKIN ベリーレア

www.albion.co.jp

アンブリオリスを塗った後15秒で顔面を作れるファンデ。すごい。使用感を検索しようとするといきなりステーキの肉の画像がものすごく大量に出てくる。

 

SHISEIDO スノービューティー

スノービューティー ホワイトニング フェースパウダー 2017 25g 【医薬部外品】

スノービューティー ホワイトニング フェースパウダー 2017 25g 【医薬部外品】

 

いい香りがする粉。崩れないしテンションが上がるので朝化粧をする気になる。

 

コクヨ エンディングノート

コクヨ エンディングノート もしもの時に役立つノート B5 LES-E101

コクヨ エンディングノート もしもの時に役立つノート B5 LES-E101

 

いままでもエンディングメモ的なものは書いていたのですが、物理的にまとめることにしました。いろいろ見てこれがベーシックで良かった。

 

キングジム 取扱説明書ファイル

キングジム 取扱説明書ファイル  A4S 2632 ライトグレー

キングジム 取扱説明書ファイル A4S 2632 ライトグレー

 

上記エンディングノートとあわせて、いざというときの保険証券類や各SNSに投稿してもらう文言などをここにぶちこんであります。

 

ナカバヤシ なげこみBOX

母関係の書類を全部投げ込んでおく箱として使っています。母の色々が済んだら郵便物投げ入れBOXにする予定。

 

山崎実業そのまま結束できるダンボール収納

通販人間なので買いました。毎週資源ゴミの日の前夜になんだこの量は……!?と思いながらくくっています。

 

トライストラムス バッグインバッグ

前に紹介したもの。相変わらずカバンの中の崩壊をギリギリのところで防いでくれています。

 

マルマン 60周年記念トートバッグ

でかくて便利でくまが可愛い。再販されたみたいなので逃してたかたどうぞ~。

 

amazarashi「スピードと摩擦」

スピードと摩擦

スピードと摩擦

 

amazarashiデビューしました。鬱ロックなるカテゴリには断固反対していきますが……。

 

イワタ明朝体オールド

イワタ明朝体オールド Pr6/Pr6N

イワタ明朝体オールド Pr6/Pr6N

 

これはですね、ハヤカワ文庫ごっこができます。カナのこぶりな感じが可愛いし、この書体にするとどんな文章でもハヤカワ文庫になる。嬉しい。

 

華氏451度Tシャツ

https://www.hayakawabooks.com/n/n8d6a04316a22

ハヤカワ文庫繫がりで寝巻にしてる。

 

テレビ

これはもらったものなのですが、テレビが家にあると自ジャンルのアニメとかを見られて大変便利だということに2018年になって気づきました。

 

 

以上です。今年はめっちゃ買いものしたと思います。消費するぞ~~。

声の記憶

 母が亡くなって一ヶ月半が過ぎた。
 暮らしのおおよそは変わっていない。というのは「彼女が入院していたとき」から変わっていないという意味だ。不在は続き、生活は回る。お花は花束からアレンジメントまでたくさん届くから世話をしなければならないし、いただいたお供えの賞味期限に追われているし、書類はやまほど書かなければならないけれど、それ以外は本当に前と変わらない。
 ひとの死はそうやって埋もれていくのがわたしはよいと思うし、今回はその前の本人プロデュースのセレモニー(このことについては別に書くと思う)とあわせて、とてもうまくいっている気がする。家族の中で極端な混乱や怒りや悲しみといったものは生まれず、感情は軟着陸することができた。もちろんそれはわたしの知る範囲でのことで、個々人がプライベートでどう感じたかはわからないけど、わたしに限っていえば、大波はひとつもない。淡々と年賀欠礼状を注文し、宛名を書き、母の友人を家に迎えた。ひとつ記しておくと、そこでの会話は笑い話が多かった。
 そうやっていろいろなことを片付けていく中で、そういえば母の声を忘れたな、と気づいた。わたしは小さい時からファーストネームで呼ばれていて、それは弟が生まれた後もそんなに変わらなかった。これは多分に本人が長女だったことに起因していると思う。「姉さん」と呼ばれたことは少ない。だから散々叱られたことも含めてめちゃくちゃたくさんの回数名前を呼ばれているはずなのに、母がどんな音でわたしを呼んだのか、わたしはたかだか一ヶ月半でまるきり忘れてしまった。
 ただまあ、いいかなと思っている。
 今回、わたしは人間の記憶の容量を超えて覚えておくことをやめた、諦めた。というと、人間の記憶の容量を超えて覚えておくために外部媒体にアウトソーシングをすることが仕事のくせに、という話にり、そもそもこの文章自体を書くこと自体がどうなんだというふうになるが、今回に限ってはというか、母に限ってはというか、本人が遺そうとしていないことについては覚えておこうとする努力をやめた。
 もともと母は長患いをしてきた人だ。その人がいざ死に臨んでなにを遺そうとしたか、わたしは覚えて、ときに代わりに実行してきた。その中にわたしを呼ぶ声は、というか肉声はリストアップされていなかった。死の2週間前まで自分の葬儀で読む手紙を推敲していたひとが、こと音についてはなにも遺さなかった。だから、たぶん母はそこまで念を入れて自分の声を遺そうとは思っていなかったんだろう。
 もしかしたら父か弟の携帯にはまだ声が残っていて、それを聞いたら回復するのかもしれないけれど、そこまで無理をして死人を呼び起こさなくてもいいんじゃないか。

 弔いの仕方もいろいろあると思うけれど、わたしは今回そうしようと決めて、時間が消していく声をそのままにしている。

トライストラムスのバッグインバッグを買いました。

買って10日くらい使ったのでレビュー。

A4が入るファイルが入る一番大きいサイズのを買いました。

地はしっかりしたスウェット生地で張りがあります。いわゆる服のスウェットを想像するとしなしなすぎると思う。

私は中にキングジムのスーパーハードホルダーをいれているので、書類が折れることはまずないです。

使い方ですが、おおよそこんな感じです↓ 

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たぶんタブレット入れなんだろうポケットがKindleにぴったりだったので、いまはKindleを入れています。手帳を入れているポケットはほぼ日のWeeksがぴったりです。真ん中のジップに先述のキングジムのハードホルダーとクリアファイルを2点入れています。

反対側の大きなポケットにはばんそうこう、Ankerの充電器、名刺入れを入れました。カオス入れとなっていますが、かばんのなかでカオスになるより何倍もよいです。

これ+電子辞書+化粧ポーチでおおよそ会社に行くときの用は足りています。あとは天気に応じて(という器用なことはできないのでいつも)折りたたみ傘を持ち歩いているくらいです。

かばんの非カオス化に貢献してくれてありがとう。

ジャスミーカラーを受けてきました

 先日思い立ってカバーマークのジャスミーカラー診断を受けてきたのでそのことについて書きます。

 長年無印の下地とキャンメイクのパウダーで生きてきたのですが、さんざん人様の結婚式に出たあとでいい加減ファンデーションくらい買うべきだと思い、どうせなら診断を受けようとデパートカウンターデビューしてきました。未デビューの方は、きちんとわけがわかりませんという顔をして、されるがままにされることをおすすめします。大体なんでもプロに任せましょう。

ジャスミーカラー診断とは

www.covermark.co.jp

 カバーマークのジャスミーカラー診断というのはjust me color診断のことで、

「人の肌は、表面的な色だけではなく、皮下を流れる血流の色影響(=スキンアンダートーン)が、肌色を決定する大事な要因である」というのが<ジャスミーカラー>理論。

 より動脈血の赤が強くでた肌をイエローベース、より静脈血の色が強くでた肌をブルーベースと分けます。よく混同があるらしいですが、「パーソナルカラー診断とは別」だそうです。ここらへんはBAさんが丁寧に説明してくれるので、説明を読んでいく必要はありません。

 わたしは以前パーソナルカラー診断を受けて、ブルーベース夏だということはわかっていましたので、こちらもおそらくブルーベースだろうなと踏んで挑みました。

事前準備

 服装は

・膝まで腕まくりができるもの(診断で使用するため)

・首周りがあいたもの(顔面全面塗られるので)

 をおすすめします。

 また、目元以外のメイクは全部落とします。下瞼のキワぎりぎりまでBAさんがミルククレンジングで落としてくれるのが最高に気持ちがいい。なのでアイメイクを凝る場合は上瞼のみにしておいたほうが良いかと思います。

 そして財布の中身ですが、後述しますが診断はあくまで診断なので買わなくてもOKです。あとは良心の問題です。わたしは良心と銀行口座が破綻していたので今回は買いませんでした。

0.カウンター着~事前カウンセリング

 診断は、場所にもよるようですがおおむねカウンターでやるようです。なので空いてたら突撃しましょう。私は予約もせずに行きました。どこで知ったか聞かれるので「インターネットで見ました」で通しました。だいたいアットコスメのことだと誤認してもらえます。

 つぎに大まかな説明を受けたあと、カウンセリングシートを書きます個人情報は名前と生年月日だけで大丈夫でした。あとはお肌の悩みやファンデーションに求めるものなどにチェックを入れます。このシートをもとにクリームファンデを勧められました。よくわからないのでBAさんに従います。

1.腕で診断

 で、まずは自分の肌がイエローベースとブルーベースどちらなのかを判断します。

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 こういうふうに市役所のおじさんが腕につけてるやつみたいなのをした上で、手首から関節の手前まで、ファンデーションをイエローとブルー各2色、計4種塗られます。この時点で私は図のようにイエローが肌から浮きました。ただ私は結局ブルーでしたが、BAさんいわく、「塗った色ではなく、周囲の肌がよりきれいに見える色が正解」だそうです。

2.顔で診断

 次にフェイスラインで診断します。クリームファンデーションが瓶から細長いスパチュラで取り出されるので緊張します。BAさんが指でぺぺっと塗ってくれます。

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 ブルーベースの製品6種類のうち、BAさんが選んでくれた3色がこのように並びます。このあたりですでに正解がわかってるんだろうな~という感じがしてきました。どう見ても一番最後に塗った色が明るくもなく暗くもなく、黄色に転びもせず、ピンクになりすぎもせずです。

 というわけで私のより良いファンデーションはBN10だということがわかりました。右からブルーベース(B)の、ピンクより(N)の、10(明るめの色)です。

3.ベースメイク

 さて、診断がでました。普通のカウンターではここでサンプルをもらうらしいのですが、カバーマークはサンプルを用意していないそうです。代わりにベースメイクに移ります。顔面全面をプロに塗ってもらってサンプルとする、という潔いシステムです。

 まずテストした色をクレンジングで落とします。BAさんが「実はこのクレンジングが一番売れてるんですよ」と言っていましたが実によく落ちます。高いとわかりやすく性能が良くなるのがコスメのいいところです。そのあと高い化粧水と高いクリームを塗ってもらいます。どれだか忘れましたが翌日朝起きたときにまだ効果が続いていました。高い。

 そして下地→ファンデ→コンシーラー→パウダーとフルラインで仕上げていきますが、額は塗られません。変化を比べるためにそのままにされるそうです。

 ここでもトラブルや悩みについてのチェックシートを参考に、何種類かあるものの中から仕上げられていきます。任せましょう。わたしは生来の血行不良でクマがひどいのでそれも頼みましたが、プロに任せるとびっくりするほど明るくなります。最後にリップカラーをサービスしていただいて終了です。

4.終了後

 終わったあとにパンフレットに今日使った商品をマークしてもらえます。この日はあくまでテストなので商品を買うように勧められるようなことはまったくありませんでした。BAさんは4時間後に崩れてないか確認してくださいね、とすごく快く送り出してくれました。すごくいい人でした。

 そのあとは新宿~渋谷間を歩いたりと明らかに普段やらないことをやった上に、小春日和だったものでかなり汗ばみましたが、圧倒的に崩れませんでした。めがねユーザーなのでさすがに鼻あて部分はヨレましたが、そこだけ薄く塗るなどの対応でどうにでもなりそうでした。

 やっぱりコスメは高いと強いです。確かにプチプラでもいい商品はたくさんあるのですが、自分にあうか試さないとダメだし、値段なりにハズレも多い。一方高いところでプロに選んでもらうのはほぼ確実に正しい。自分のような身辺に時間や手間をかける気がない人間は、こういった診断やパーソナルカラー診断を元にして、なるべく面倒をかけず購入するのが正解のひとつかなと思いました。

 ということで今度まとまったお金が入ったら一式買おうと決意をして、帰りに100均一で500円玉貯金のための貯金箱を買いました。

 レポートは以上です。お疲れさまでした。

「この世界の片隅に」雑感

この世界の片隅に」の試写を見てきました。以下は雑感で、後半はネタバレを含む感想です。

konosekai.jp

 

 単刀直入に言うと、とてもいい映画でした。人の生活が少しずつむしばまれて、世界が少しずつむしばまれて、失われたものは戻らず新しいものが芽生える、そういう映画でした。

 私は幼少期に広島に住んでいました。最近もよく広島に行きます。物語の主な舞台である呉には行ったことがありません。でもそういうことは特に関係ありません。事前情報はいりませんでした。原爆や広島や被爆者や、そういったものについての知識もいりませんでした。

 これは変化の映画です。昭和20年8月6日を良く晴れた普通の朝として、あるいは人生のちょっとした変化の一日として迎えた人たちの話です。反戦プロパガンダ映画でも、武蔵や大和がカッコよく描かれた映画でもなく、戦中をとてもふつうに生きた人たちの物語です。かつて祖父母やその上の代が、ふつうの生活からゆるやかに、否応なしに一線を越えた日常に入り込んでしまった、その記録に近い映画です。

 冒頭で描かれていた「ふつう」の生活は、開戦し、戦局が厳しくなるにつれなだらかに、確実に、8月6日に向かって崩れていきます。そしてそこでは終わりません。8月6日、9日、15日を過ぎても、命がある人間はまだまだずっと生きていく、生きていくしかない。誰を失っても、もう軍艦は浮かばなくなっても、主題歌のように「悲しくてやりきれない」としても、変わらず瀬戸内の海はきれいで、アオスジアゲハがとんでくる。70年後も同じように。

 この映画の登場人物はみんな古い広島弁を使います。正直、広島弁に慣れていない人間にすべてのセリフが通じるかといえば、かなり難しいでしょう。でもその言葉の標準誤訳はありません。登場するすべてのことに説明がありません。それは登場人物にとってふつうのことだからです。途中、いくつかハッとさせられるシーンがあります。その数は人によって違います。わたしも、なにか意味がありそうで、残念ながらわからないシーンがありました。それはこの70年に途絶えた何かのことなのだと思い、家に帰って調べました。もう一度見たら、またなにかわからないところが出てくるでしょう。何度か繰り返し見たいなと思います。

 

 こうのさんの話を限りなくそのままに、美しく、そしてアニメーションという形でしかできない表現をめいっぱいに入れて、こうやって映画化されて本当によかったと思います。

 

 以下はネタバレを含みます。

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