2019年買ってよかったもの

たぶん去年買ったもので使い倒しているものです。

 

ブロガーズトート

superclassic.jp

たぶん去年じゃないけどこれ通勤カバンにしてます。でかくてなんでも入るので忘れ物破滅型の人間にはぴったりです。

 

ポールスミスの財布

www.paulsmith.co.jp

カードがいっぱい入るやつにしました。ラウンドジップは札をビリビリにする可能性があって怖かったのですが今のところ事故なし。ハートはお愛想。

 

 Kindle Paperwhite 32G(Wi-Fiモデル)

Kindle Paperwhite 防水機能搭載 Wi-Fi 32GB 電子書籍リーダー

Kindle Paperwhite 防水機能搭載 Wi-Fi 32GB 電子書籍リーダー

  • 発売日: 2018/11/07
  • メディア: エレクトロニクス
 

前のが2015年購入だったのでさすがに新しくしました。漫画もDLできて快適。風呂でも読めるけど風呂ではiPhoneアプリのほうで読んでます。

 

 ワイヤレスマウス

会社用。机の上にいろいろおいてあり有線マウスだとコードでいろいろなものがなぎ倒されていたのがなくなりました。

 

 能率手帳NOLTY リスティ1

昨年から使っていますが今年(2020)もこれ。月間+週間バーチカル式。予定+やったことメモをしています。これのカバーの後ろに下のやつを挟んでメモ帳を増やしています。あとA4の1/3のサイズなのでいろいろ印刷したものを挟んでおけてうれしい。

 

カ.クリエ(ノート)

方眼のノート。上のリスティ1とほぼ同じサイズ。旅行の予定とかイベントの持ち物リストとか今後のライブの予定とかそういうのをまとめています。

 

一太郎2020 

一太郎2020 プラチナ [35周年記念版] バージョンアップ版

一太郎2020 プラチナ [35周年記念版] バージョンアップ版

 

まだ届いてないけど(2020なので)モリサワのフォントが異常な量ついてくるのでなにか印刷したりデザインしたりする用がある人は買うといいと思います。

 

秀英明朝体L

www.morisawa.co.jp

これも本文をやりたい人向けですがすげーQOLが上がります。本当だよ。

 

iライターズ

iライターズ

iライターズ

  • LIGHT,WAY.
  • 仕事効率化
  • ¥400

apps.apple.com

買ったの3年くらい前だけど紹介してなかったので。Dropbox連携させておくとiPhoneで長文が書けます。9万字くらいまではさくさく動きました。

 

Procreate

Procreate

Procreate

  • Savage Interactive Pty Ltd
  • エンターテインメント
  • ¥1,220

apps.apple.com

iPadで絵が描ける。あとはよくわかりません。機能の1%くらいしか理解してない。

 

GoodNotes5

GoodNotes 5

GoodNotes 5

  • Time Base Technology Limited
  • 仕事効率化
  • ¥980

apps.apple.com

iPadでPDFに赤字が入れられるのと意味不明な図を描けます。

 

 iPad Pro

www.apple.com

というわけでiPad買いました。オタクするのとdマガジン読むのとKindleで漫画読むのにしか使ってないですが絵が描けて楽しいので最高です。

 

Apple Pencil

www.apple.com

なのでApple Pencilも使っています。便利です。板タブよりいいのではないか。

 

DEOCO 

【医薬部外品】ロート製薬 デオコ 薬用デオドラント ボディクレンズ 350mL

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  • 発売日: 2018/03/16
  • メディア: ヘルスケア&ケア用品
 

 バズってたやつ。ふつうにいい匂いがするし洗いあがりがいい。

 

 CLINIQUEのチーク

ようやくチークの使い方がわかった。

 

IGNIS スキンエデン

www.ignis.jp

スキンケアぜんぶ任せてます。イグニスリニューアルで風前の灯火。

 

 三省堂国語辞典 カープ仕様

三省堂国語辞典 第七版 広島東洋カープ仕様

三省堂国語辞典 第七版 広島東洋カープ仕様

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 三省堂
  • 発売日: 2019/03/05
  • メディア: 単行本
 

三国仕事ではそんなにつかわないので宗教的な祭具だと思います。 非課税かな。

 

とりあえず以上です。

【SCAM:SPAM】syrup16gのツアーに行ってきた

10月4日と11月9日、それぞれ東京と仙台であったsyrup16gのツアー【SCAM:SPAM】ツアーの初日と最終日に行ってきた。
 
わたしがその前にsyrup16gのライブに行ったのは2014年9月の「再発」ツアー東京国際フォーラム公演だ。そのあとsyrup16gは何回かツアーやライブをしたけどわたしは行けなかった。申し込みすらできない時期もあったし、仕事が入って泣く泣く譲渡に出したこともあった。だからそこには5年のブランクがあり、わたしとsyrup16gは5年分歳をとり、そのあいだわたしにはいろいろあり、(まったく公開されないけれど)五十嵐隆にもいろいろあり(たぶん)、中畑さんとキタダさんにもいろいろあった(たぶん)。
 
今回のツアーは【SCAM】の日と【SPAM】の日に分かれていて、東京初日は【SCAM】=詐欺の日だった。会場は恵比寿ガーデンプレイスの中にあるこぎれいなホールだった。わたしはその日は有給をとって物販に並び、「詐欺」と「迷惑」のお習字TシャツとかロンTとかサコッシュとかを買って、ガーデンプレイスタワーのトイレで「詐欺」Tシャツに着替えて開場を待った。ホール入り口の近くには「再発」とか「患者」とかのお習字Tシャツや「COPY」のジャケTシャツを着た大量のsyrup16gのファンがいて、そういうsyrup16gを愛している人が東京なり関東近辺なり日本のどこかなりで毎日「生活」しているらしいことをわたしは感じとって変な気分になった。
 
セットリストはUK Projectツイッターで公開されているので書いてしまう。
 
天才
ソドシラソ
神のカルマ
Sonic Disorder
Heaven
Honolulu★Rock
回送
ex.人間
イマジン
テイレベル
scene through
 
En-1
(I'm not)by you
変態
パープルムカデ
リアル
 
En-2
根ぐされ
 
いわゆる「生還」前の、解散前のオンパレードだ。五十嵐のコンディションはとてもよかったと思う。わたしのテンションは最初から最後まで高かった、あのころせいぜい1GBしか入らないmp3プレイヤーに午後のこ~だでエンコードした曲を詰め込んで聴いていたファンたちはもういい歳だ、アラサー、アラフォーになった、そういう人たちがなんかとにかく生き延びた結果として恵比寿のホールで3人そろったsyrup16gの音楽を浴びられた。そういうのを幸福という。
 
syrup16gのライブにおいて五十嵐を視認することはわたしにとっては特に重要なことではない。音楽を聴きにいっているので五十嵐と中畑さんとキタダさんがステージに立っていればその時点でよく、ライブ中に五十嵐を拝もうという気持ちにはあまりならない。ただ今回の東京公演は整理番号がよくて、わたしの視界には(目を瞑らない限り)五十嵐がいた。46になったと言っていた。老けたなあと思った。五十嵐は別に精神と時の部屋とかで音楽に励んでいるわけでもないらしく、多分毎日歯を磨いたりシャワーを浴びたり週に2回燃えるゴミを出したりして46歳になった。これは完全に「reborn」で、「時間は流れて 僕らは歳をとり 汚れて傷ついて 生まれ変わっていくのさ」的状況で、たぶんrebornを書いたときに五十嵐が考えていた未来とか将来と今はおそらく一致してないだろうけれど、とにかく五十嵐が生きててギター持ってマイクの前に立っている、なんかそれだけで、いいや、と思えたのだった。
 
そして11/9、こんどは【SPAM】=迷惑のツアー最終日に行った。前日にツイッターで五十嵐が「一緒に歳をとりましょう」といった、というツイートが回ってきて、わたしはやっぱりrebornになってしまって、仙台駅の駅ビルのスタバで手帳のフリーページを開いて五十嵐隆、と書き、「=人間」と書き添えてそれ以上何も書けず、会場近くにとったホテルにすごすごと引き下がった。仙台会場のdarwinというのは恵比寿とは対照的な商店街のなかにあって地下3階まで降りるいかにもなライブハウスで、キャパは367人と明記されていた。ニコニコ生放送で中継があるにせよ、このライブに参加できるのが400人いないってどういうことだよと思いながらわたしは地下にもぐりワンドリンクの水を手に今回はキタダさん寄りで開演を待った。やっぱりセットリストは公開されているので明記しておく。
 
生きているよりマシさ
赤いカラス
ゆびきりをしたのは
Stop brain
Find the answer
Star slave
I'll be there
Shere the light
vampire's store
Murder you know
宇宙遊泳
 
En-1
イエロウ
生活
落堕
 
En-2
翌日
coup d'état
空をなくす
真空
 
En-3
きこえるかい
 
こちらは「生還」後の曲がメインで、わたしはこのなかでは宇宙遊泳がいちばん好きで、それは五十嵐隆という男のポエジーが炸裂してるからだ。
 
星の隙間で 踊っているだけ
爪先に合う 三日月はなく
行方知れずで 終わっていくだけ
どこにでもある 藻屑と消える
違う絵本に 描かれている
地続きじゃない 夢の行く先を
手掛かりもなく 彷徨っている
眩いものは 全てまやかし
 
これを生還後の五十嵐が書いて歌ってるというのがわたしはすごく好きだ。syrup16gというとやれ「君に存在価値はあるか」とか「生活はできそう? それはまだ」とかそういう歌詞が前に出がちだけれど「月になって」とか「水色の風」あたりから脈々と受け継がれているこの男の詩情みたいなもの、言葉からうまれるイメージへの信頼、それは「今度来るとき電話して 美味しいおそば屋さん見つけたから」に直結する人間への信頼だとわたしは思う。
 
あとメチャメチャかっこいいアレンジになってた「落堕」とか、「ゆびきり」とか、盛り上がるのはここだっていう「Shere the light」とか、ハイライトはいくつもあり、あるいはライブの間syrup16gはずっと輝いている。
 
最後に五十嵐は「よいお年を」と言ってアコギを抱えて「きこえるかい」を弾きだした。ワンコーラスを終えたあとにキタダさんのベースが入って中畑さんのドラムが入って曲は組みあがる。
 
歩道の上 うつぶせでも寝れる
ひんやりしてる
渦の中 覗き込めば見える
恥ずかしい気持ちが それとなく
 
いいさ どんな言葉でも 受けるよ
いいさ どんな言葉でも 受けるよ
知らせるさ 君には きこえるかい
知らせるさ 君には きこえるかい
 
いうまでもなくわたしたちには新木場STUDIO COASTでの2月28日29日のライブ【SCUM】が待っている。「よいお年を」、それは五十嵐隆が来年も会いましょうと、仙台に集まった367人とニコニコ生放送で見ていたファンに贈った言葉で、わたしはそれを聞いていろいろある(とてもいろいろある、生きているといろいろからは逃げられない)けれど、2月末までは健康に気をつけて仕事をコントロールしてちゃんと衣替えとか大掃除とかおせち作りとかをして絶対に生き延びるぞと前向きに思った。おわり。
 
 

高等学校卒業程度認定試験(高卒認定)について

高等学校卒業程度認定試験(以下高卒認定試験)について書きます。
 

高卒認定試験についてその1

普通に(って何?)生活している人は、もしかしたらあまり出会わない資格かもしれません。日本の中学校卒業者の高校進学率は98.8%(「学校基本調査」令和元年版速報値(リンク))、高校中退率は2.65%(2014年文科省「学生の中途退学や休学等の状況について(リンク)」調査での値)です。ざっくり95%くらいの人は高校に行って卒業しています。のこりの5%の高校を卒業しなかった/できなかった人たちのためにあるのが高卒認定試験です。
この試験に合格すると、国が「高校卒業程度と同等の学力があることを認定」してくれます。
世の中には思ったよりたくさんの「高卒資格」が必要だったり、有利になったりする学校、試験、就職活動などがあります。
たとえば保育士の資格を得るためには、高卒だと「児童福祉施設で2年以上かつ2880時間以上の実務経験」が必要ですが、中卒の場合は「児童福祉施設で5年以上かつ7200時間以上の実務経験」となります。
大学受験も、文部科学省は「大学の入学資格に関しては、高等学校を卒業していなくても、中等教育学校卒業者、特別支援学校の高等部修了者、高等専門学校の3年次修了者に認められます。」(リンク)といっていますが、たいていの大学では手ぶらの中卒(あるいはそれ未満の学歴)の人間には受験資格はありません。
就職においてもたとえば「国家公務員採用一般職試験(高卒者試験)」などを受けるには高卒資格が(明白に)必要です。一般企業でも、ときにはパートやアルバイトでも、「高卒以上」を条件にしている企業は想像以上にたくさんあります。自分が足りになりますがわたし自身飲食店のキッチンの皿洗いのバイトに高卒資格を持っていないせいで落ちたことがあります。
こういった状況にたいして、文部省や文部科学省は以前は「大学入学資格検定(大検)」という制度で対応していました。文字通り受けると「大学入学資格」が得られる検定です。ただしこれは大学進学をせず、高卒資格だけ取りたいというニーズにはこたえられていませんでした。そこで2005年、制度改革があり、大検は「高等学校卒業程度」を保証する資格となりました。これが高卒認定試験です。
 

わたしの経歴

学歴としては公立中学校卒業→私立高校1年次中退→ブランク7年→高卒認定試験合格→大卒です。ブランクの間は無職とフリーターをしていました。最後の1年で高卒認定試験と大学受験の両方に対応してくれる予備校に通い、8月に高卒認定試験に合格、2月に大学受験というわりとよくあるパターンで私大に進学、4年で卒業、新卒で就職して今にいたります。
 

そもそもなんでこの記事を書いているか

理由としては高卒認定試験の知名度とかがちょっとでも上がればいいなと思ったからです。欲をいうと人事部とかの人に見てもらいたい。時間の限られた面接で「高卒認定試験とは」を説明することで10分使う人が減ってほしい。あとなんかもしかしたらあなたの隣で学んだり働いたりしているかもしれない人がどういう経緯で今に至ったかを少し想像してほしい。そういう気持ちです。
 

高卒認定試験についてその2

話を高卒認定試験に戻します。
受験科目は5教科8科目、受けたことがある人はセンター試験の簡易版みたいなものをイメージしてください。昔の大検時代には家庭科とか体育もありましたが、今は国数英理社の筆記試験(マークシート式)のみになっています。試験は年に2回、8月と11月にあり、合格と同時に効力を発揮します。
大学受験資格は18歳になる年まで発生しませんが、高卒認定自体は16歳になる年から受けられます。また高校などに在学中に資格をとることも可能なため、16歳で高卒認定をとり、高校を中退してやりたいことをやり、18歳で大学受験をする、ということも可能です。
受験資格には年齢制限などはありません。 大学入学資格(リンク)を持っていない人間であれば、何歳でも、どの国籍でも、受験可能です(リンク)。
高校を中退した人でも、単位を取得して退学した場合は、科目免除が受けられます。たとえば1年次に「国語」「世界史A」「生物基礎」を取得していた人の場合、受ける科目は数学、英語、理科1科目、社会3科目の4教科6科目になります。ただし高校で必要単位をすべて取得していた場合でも、1科目は受ける必要があります。
科目はすべて一度に合格する必要はなく、合格科目は次の試験、あるいは翌年の試験に持ち越すことが可能です。
受験料は7科目以上を受ける場合8500円がかかります。同じようなセンター試験3科目以上が1万8000円、都立高校に3年間通うと学費だけでおおよそ35万円かかるので、まあ良心的といえる値段だとわたしは思っています。
試験のすべての科目に合格すると、晴れて高等学校卒業程度認定となり、進学、資格受験、就職、そういった段階に進みます。ただし高卒認定は「学歴」ではないため、最終学歴は中卒のままです。わたしは大卒見込みで就活をしましたが、履歴書には「中学校卒業」のあとすぐに「大学入学」を書き、資格欄に高卒認定を書きました(これは決まったことではなく、わかりやすさを優先して学歴欄に高卒認定合格、と書いてもいいと思います)。
 

高卒認定試験は受かりやすい?

これはよく言われます。文科省が過去問を公開しているのですが(めっちゃ更新が遅いので不満を持っています)、大卒の人に見せるとたいてい「えっ」と言われます。また、高卒認定試験は合格点が40点に設定されていることもあり、もう社会に出て10年くらい経ち勉強したことをほとんど忘れてる人でも合格点がとれてしまうことがあります。
なので3年間高校に通って定期試験とかちゃんと受けてやってきた人たちから見ると、それで高校卒業程度かよ、メチャメチャ簡単じゃん、ということになりがちです。
ですが、この試験は高卒認定を受ける人間にとっては、まったくもって簡単な試験ではありません。私は高校中退の身でしたが、試験の会場にはまったくもっていろいろな人たちがいます。小学校の早い時期から学校に通っていない人もいます。中卒でなにかのプロとしての道を選んだ人もいます。国民学校(!)卒の人もいます。その人たちがたとえばアルファベットの小文字のdとbの区別をつける、分数の構造を理解する、生まれて初めて古文に触れる、高卒認定試験とはそういう場所です。簡単だと思うのは簡単ですが、それは理解ではないと思います。
 

高卒認定資格に実効力はあるのか

「高等学校卒業程度」と国がお墨付きをくれたことになる高卒認定ですが、世間ではそこまで知名度もなく、ぶっちゃけ効力があるのか悩むひともいるかもしれません。
まず大学受験時には普通に有効です。わたしは私大・国立大ともごく通常通りの手続きを行い、受験して合格しました。医学部やAO入試などの面接がある試験では定かではありませんが、筆記試験ではとくにそれを理由に足切りされることはないとみていいと思います(2020年からの新制度ではどうなるかわかりませんが)。
次に就活ですが、これは大卒の新卒就活のときの経験ですが、「高卒認定≒高校中退だから」という理由でバッサリ切られたことは正直あります。面接官に説教をされたこともあります。身内の高卒認定合格者(大学進学せず)も、高校を出ていないのでという理由で何度か落ちました。それはもう企業の方針なので仕方ないです。ただし採用してくれる企業もあります。前述の身内もわたしもいちおう今は正規雇用で働いています。
 

高卒がありふれた今だから

先述の通り、いまや高校卒業率は90%を軽く超え、中退、中卒、小卒などはレアケースになりつつあります。ただ、いろいろあって(あるいはなにもなくても)、高卒にならなかった人たち、なれなかった人たちは確実に存在します。そういった人々がなにかを考えて受けた試験、資格を、どうか多少なりともポジティブに扱ってほしい。そういうお願いです。
 

おまけ:高卒認定試験を受験するか迷ってる人向けに

高卒認定試験受験にためらいがある

金銭の都合がよければですが、出願してしまうのをおすすめします。一度合格した科目は有効なため、思ったより労力をかけずに一部の科目に合格し、残りに注力すればいい状況になるかもしれません。
合格に不安がある場合、過去問と回答は文部科学省が公開しているため、まずはそれを解いてみることをおすすめします。また「高卒認定 解説」とかで検索すると無料で解説が手に入ることもあります。
気力があり経済的に不都合がなければ、アクションすることをおすすめします。めっちゃ気分が落ち込んでるとか希死念慮があるとか8500円払うとメシが食えなくなるとかそういう場合は、そちらの解決が先です。
 

高校を辞めようか迷っている

まず「高卒認定」は選択肢の一つです。いま全日制に通っている場合、同じ全日制、または通信制や単位制への転校、あるいは留年しての編入などが考えれます。ぶっちゃけ高卒認定試験合格は高卒以上のものにはなれないので、もし「高校というシステム自体が無理」とか「そもそも生活をやるのが無理」という状況でなければ、どうにかして高校を続けていくのが、「長い目で見れば」有利です。
でも正直そんな長い目でやってられないのが人生で、いまがしんどいつらいもうありえん、そういう状態の場合、そしてなんか親が学校行けとか言うとか、先生がうるさいとか、高校にはうんざりしたがどうしても大学には行きたいとか、いろいろある場合に「高卒認定という制度がある」ことを有効活用するのはアリです。それは戦略です。
 

予備校には行ったほうがいいの?

高卒認定試験に受かるのが第一目標の場合、かならずしも予備校に行く必要はないと思います。わたしが受験した10年前とは環境も大きく変わり、高卒認定学習支援サイトや、スタディサプリのような義務教育段階から学べるサービスもあります。いちど独学をしてみて、だめだったら予備校を考えるのもアリだと思います。
ただし年齢的な意味で時間がないとか、どうしても一度で受かりたいとか、試験のために会社を3ヶ月休めるとか、そういう人には予備校は効率はいいと思います。なんだかんだ向こうはプロであり、こちらは勉強の素人です。「合格最低点をとるための対策」とか「出願の手続きの補助」とか、そういうサービスは(お金はかかりますが)助かります。
わたしの場合の話をすると、大学受験まで面倒を見てくれる予備校に行きました。予備校に払ったお金だけで、15か月契約で120万円かかりました。それ以外に過去問や教材の費用、模擬試験代、肝心の大学受験費用などをふくめるとざっくり250万円ほど使いました。個人的にはその後ぶじ大学を卒業し就職できたため「高くはなかった」ですが、決して安くはないです。

#27 残留につき

昼飯のBLTサンドを食べながら見ていたタイムラインに中国新聞カープ番記者アカウントのツイートが流れてきた。
 
會澤翼カープ残留。
 
その数日前からやれ楽天だ巨人だと無責任に流れてくるリツイートを見て、いやもっと言えば「あの」FA以来、私は期待しないようにしていた。FAは選手の権利で、彼らは生きて働く場所を選ぶ自由がある。だから考えない。地元が関東だとか、配偶者も関東出身だとか、嶋が構想外になったとか、そういうことも含めて考えない。そうつとめていたのが緩んだ。生まれた感情は分類も難しく名前は当然つけられず、とりあえずshop.carp.co.jpにアクセスして、ユニフォームとTシャツを買った。これを来季も着られる。そう思って、ほっとした。
 
さかのぼって2012年、いや2011年? 当時あった「ザ・インタビューズ」という今でいう「質問箱(peing)」みたいなサービスにひとつの質問が来た。具体的な文面は覚えていないが、會澤翼に正捕手になってほしいですか?みたいな問いかけだったと思う。そこに私はこれもうろ覚えだが以下のように答えた。
 
今のカープには石原さんという絶対的な正捕手がいるのでなかなかスタメンをとるのは難しいと思う。ただチャンスがあれば試合に出て、いつか「FAしないでくださーい!」とファンに言われるような選手になってほしい。
 
「FAしないでくださーい!」は、これはもう通じないネットスラングだと思うので書いておくと、黒田博樹がFAせずにカープ残留を決めたときに「ヤングアニマル」に載った前後編の漫画のなかでファンの少年が黒田にかけた一言だ。
でも2012年とか2011年とかそのあたりに「會澤FA権取得」とかほざくのはファンとバカだけだった。シュルツが會澤のサインに7回首を振ったのは2009年7月のことだ。そのあと、やれ木村一喜二世だ、森伊蔵だとインターネットのわるい広島ファンに揶揄され、野球詳しいマンたちにインサイドワークが悪いと叩かれ、〇〇専用捕手にもなれず、という時期が続いた。私はヌルいファンをしながら、そして同期の前田健太が華々しく活躍するのを見ながら、あー、またスタメンをとれそうでとれない選手にハマったのか……と思っていた(余談だが前の推しは森笠繁だ)。
 
そもそも私が會澤翼を応援するようになったのは、マジでこれは本当なのだが、「二軍の初打席で頭部死球で退場になった」という話を聞いたのが原因だ。ヘエーと思って読み飛ばしていた広島アスリートのインタビューを読み、まだ無料で公開されていた中国新聞の指名直後会見の短ランボンタンエピソードを読んで、こいつマジか?と思って、それから気にかけるようになった。といっても関東在住の人間は二軍戦には縁がなく(当時マジで金がなくて遠征はできなかった)、実際にプレイを見るのはもう少し先のことになる。明白に覚えているのは2010年5月15日のvsダルビッシュ戦のスタメンや、京セラでスタルツと組んだ時に打った三塁打あたりだ。
 
まあそんなこんなで、2012年か2011年かに、私は「FAしないでくださーい」と言われる選手になったらいいなと、夢見る夢子ちゃん気分でインターネットに書き込んだ。「ザ・インタビューズ」はその後2015年に閉鎖したので、そのログはもう残っていない。今見たらWebArchiveにもなかった。
 
そのあと會澤はライトを守ったりファーストを守ったりしながら徐々に出場試合を増やしていった。そして今年5月、會澤はほんとうにFA権を獲得した。彼を取り巻く状況はがらりと変わっていて、平成の終わりをカープは三連覇で飾り、マツダスタジアムも神宮もハマスタもプラチナチケットになり、当の本人は押しも押されぬ、というのはファン目線だけど、正捕手と呼びなされるようになっていた。
18年オフに丸がFAで巨人に行った。丸と會澤というとそれこそ広島アスリート誌上で暴露された「俺、水短だから」発言なんかが思い起こされるのだが、二人はまあまあ似た環境にあった。ともに関東出身、配偶者も関東出身、脂ののったアラサーでのFA権獲得。
 
だからまあ、しかたないんだよ。そう思うようにしていた。だって、あのあいつが、FAするくらいだよ。関東の子がさあ、関東に戻りたいって言ったって、もっとお金をもらえる球団に行きたいって思ったってしかたないよ。そうだろ。
 
今、発表から6時間ほどがたって、複数年契約(3年6億)の報道、一問一答の全文掲載などがあり、私は會澤の100gあたりのお値段を算出(22万2222円)したりしながらこれを書いている。よかった、のか、わからない。もちろんうれしい。うれしいがそれはファンの感情で、正誤とは別である。もちろんそれはドラフトの成功/失敗のように時がたたないとわからないことで、来年のオフにやっぱFAしま~すと言われるようなことだってあるかもしれない。急に海外FAとか言い出すかもしれないし、人生なにがあるかわからない。
 
いやあでもやっぱりうれしいな。うれしい。どうもありがとう。来年もまた応援させてください。2019年10月10日18時38分、いちファンより。
 
 

読書感想文あるいは11枚の原稿用紙について

 
夏の終わりですね。みなさんは定番の読書感想文は得意でしたか? 私は全然ダメでした。なぜなら読書をすることにかまけていて文章を書く練習をしてこなかったから。そして授業中は本を読んでいて先生の話を聞いていなかったから。お前はいつもそうだ。
大人になって本の感想をまとめることは減りましたがテクニックとして覚えたことがいくつかあるので書き残しておこうと思います。
 
①最初から原稿用紙に書かない
チラシの裏、A4コピー用紙、そういったものを用意します。
 
②本を読む
何の本かわかりません。小説かもしれないノンフィクションかもしれない新書や詩集かもしれない。とりあえず読みます。1回読んで概要をつかんだら、一度本を閉じます。半日くらいおいてから「目次」を読み返します。内容が思い出せましたか? 思い出せたところはあなたの心に残ったところです。そこに注力しましょう。
 
③最終的に伝えたいことを決める
前項で心に残ったところが決まりました。それをチラシの裏に書きます。場所はどこでもいい。そしてその心に残ったところに対しての意見・感想を書きだします。なんでもいいですがだいたい以下のような感じで1文で表せるとよいと思います。
「人間関係の変化に非常に共感できた」
「本筋はおいておいてこのシーンがエモい」
「作者の主張には添いかねる。私はこう思う」
「自分の感情を言語化するとこういう風になるのかと発見した」
なんかこういう感じでいきます。わからない場合はその本を友達や親に勧めるときにどこから勧めるかを考えてみてください。
 
④引用部分を決める
心に残ったところから引用をしましょう。引用というのは字数が稼げるうえに作者の意見とかシナリオをまとめる必要がないので便利です。②でわかった部分に付箋を貼り、だいたい80字までくらいでいい感じの文章を取り出しましょう。
ただし、自分の心に残ったシーンが20ページくらいにわたっているばあいは引用は諦めて自分でまとめましょう。読み違いのリスクはありますがしかたありません。
 
⑤伝えたいことと引用を使って構成を決める
まだ原稿用紙に書かないでください。構成を決めていきます。
だいたい以下の感じで書くのがテンプレになると思います
  • 最初に伝えたいことを書く→理由を書く→その理由は本の(あるいは自分の)どこからきたのかを書く(ここで引用を使う)→最後に伝えたいことをもう一押しする
  • 引用から始める→それに対して思ったこと(伝えたいこと)を書く→理由を書く→その理由がどこからきたのかを書く→まとめる
  • あらすじを書く→伝えたいことを書く→理由を書く→その理由がどこからきたのかを書く(引用を使う)→まとめる
流れが決まったら既定の枚数にしたがって各パートの割合を決めます。
 
⑥原稿用紙に書き始める
決めた流れにそって書きます。途中で思いついたことはあえて書かないようにします。脱線して混乱し破滅するので、最初に決めた通りにやりましょう。どうせ学校に提出するだけの文章です。イキイキしている必要もフレッシュである必要もまったくないのです。
 
⑦小技
・帯のキャッチコピー・文庫本なら裏表紙のあらすじを引用する
これは編集者が頑張って書いてるので本の大事なところを抑えている率が高く、効率がいいです
・解説を使う
文庫本だと解説がついているときがあります。これも本に対する感想とか意見とか推薦文が書かれていることがあるので使えます
読書メーター、「○○(本の名前) 感想文」での検索結果は使わない
これは先生が見てることがあるのでやめたほうがいいです
 
以上です。なおタイトルの11枚の原稿用紙というのは私が小学5年生の夏休みに読書感想文と題して11枚の「あらすじ」を提出しボコボコに怒られたことに由来しています。そういう風にならないように気をつけましょう。では。

ADHD本が溜まったのでレビューします

ADHDとか発達障害の本をいくつか読んだので「ライフハックとして使えるか」に重点を置いてレビューします。
 
あらかじめ申し上げますが、結論としては「そんなことができるならADHDではない」本が多く、私の部屋は相変わらずグチャグチャでカバンの中には折り目のつきまくった謎の紙が入っておりコンサータを飲んでかろうじて会社で仕事をしています。
 
まあそれはさておきレビューを開始しましょう。

 

これはこまごました「困った」に対応するための本です。部屋が汚ければ物を減らす、ものを減らすための判断基準を作る、仕事が混乱するならわかりやすい箱を作る、完了グセをつける……といったふうな個別事案が並んでいます。とはいっても「それができたらADHDじゃないですね」感は否めません。
 

 

「大人のADHD」のための片づけ力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための片づけ力 (健康ライブラリー)

 
同じく司馬さんの片づけに重点を置いた本です。基本的には前掲書をより細かくかみ砕いた内容です。イラスト多めですがイラストがあればわかるわけではない。
 
 

 

「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

 

 同上、「段取り」要はマルチタスクに備えるための本ですが、1冊目があればいい気はします。

 

 これも1冊目と同様の内容です。1冊目よりは「お前の脳はこうできてるんだからこう対応しろ」という傾向があるので司馬さんの本をどれか1冊買うならこれかもしれません。まあでも書いてあることができるようにはなりませんね。


発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

 

 これは「気の持ちよう」みたいなことがほとんど書いていないという点でわりと実用性の高い本です。存在する注意欠陥にいかに先回りしてグッズとかを置いておくかという観点はよく、バインダーで仕事を仕分けるなどは自分でもやっていたことなので親近感もわきました。ただたぶんこの人はもともと頭が良いので全部を参考にしようとすると能力不足で倒れます。実用性はあるけど汎用性はない。そんなかんじ。

 

 

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

 
ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に暮らすための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に暮らすための本

 
ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が会社の人間関係で困らないための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が会社の人間関係で困らないための本

 

 これはシリーズですね(著者は違います)。混乱したときにワンクッション置くための具体的なメールの文面やアプリの解説なんかがあり、実用性はそれなりにあります。ただ3冊出てるとやっぱり重複するので、買うなら「上手に暮らす」かなあと思います。

 

 

 これは具体例はかなりあげられているので悪くはないです。脳が管理できないから中身が見える透明なケースに入れなさい、など指導があるのはありがたいです。

 

女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)

女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)

 
これはぶっちゃけ読んでも役に立たないので読まなくていいです。労働している女のADHDが求めていることは書かれていません。
 
以上です。またなんか気が付いたり読み返したりしたら追記します。
 
 

あるいは生について考えたこと

 昨年は母が徐々に死んでいったので、死について考えることが多かった。
 
 きっかけのひとつは宮下洋一『安楽死を遂げるまで』で、これは日欧各国の安楽死制度あるいはそれに向かう取りくみについてのルポルタージュだ。わたしは死は選べるものであってほしいと思っているので、その立場から読んだ。そのとき母は存命で、たしか薦めた気すらする。
 中身の要約はいろんな人がしているから感想を述べると、自分で腕に刺さったチューブのコックをひねって「遂げる」のを、わたしはすごく素敵だと思った。すべてを片付けて(それがどれだけ大変なことか)、選択して死にいたる、それはとても理想的なことだ。そういう特権的な死に対して、わたしは希望を抱いた。それからそれがもし万人に許されることだったら?と仮定をしてみたけれど、やはりそれは魅力的だった。
 もちろん安楽死が合法化されるためにはいろいろな議論を乗り越えなければならず、たとえば望まない人が追い込まれる形で安楽死を「選ぶ」はめになったらどうするのか?という問いに、わたしは明確な答えを返すことができない。社会はたぶん死をも選択にいれる方向に動いてくれると思うけど、それが具体化するのはだいぶ先の話だろう。だから『安楽死を遂げるまで』でわたしが思い描いたことは、ある意味でまだSFだ、とてもとても蠱惑的な。
 それが死について考えたひとつ。
 
 もうひとつはもちろん母で、彼女は病気だったので徐々に(半年くらい)かけて死んでいった。衰えという言葉の意味がよくわかったし、ひとから漂う死臭に近いものも嗅ぎとった。死んでいくのはやっぱり大変でしんどく、人生に一度でいいことだなと思った。
 彼女はわりと最期まで意識も清明だったけれど、やはりコミュニケーションは万全でなく、『安楽死を遂げるまで』に出てきたような、最後にきちんとあいさつをして死に臨むようなことは、残念ながらできなかった。といっても彼女の死に対して悔いややりのこしたことはなく、たまにセデーション(鎮静)をしたほうがよかったのかもしれない、と思うことはあっても、延命治療なんかをすればよかったのに、と思ったことはない。
(誰と比較するわけではないけれど)わりと冷静に死んでいった彼女のことを思うとき、自分もたぶん同じように取り乱さずに沈着に死んでいく、そうありたいと思う。そういう意味で身近な人の死は自分にとってあらためて死を考えるきっかけになった。
 
 それで母が死んで、わたしは祖父の逝去以来ひさしぶりに遺族をやったわけだけれども、身近な人を病気で失ってなお、やっぱり私は死を選びたいと思う。
 この希死念慮はずっと私と共にあるもので、付き合いはたぶん25年以上になる。タイミングが合えばわたしはいつでもそちら側に行きたい。ただ都合がつかない。今日宅配便が届くからだとか、あるいはものすごく具合が悪い日はもう動くことすら億劫だとか、大小さまざまな理由があって、いくつかのスイッチがすべてオンになることがなかった。残念ながら多分これからも、少なくとも法制度が整うまでは、私はこの感情と生きていくしかない。
 
 相変わらず生活はばたばたしているが、死後の諸々人知を超えた量の手続きもそろそろ終わるし、ばたばたしているのはいつも通りということだ。
 変わらずやっていること:梅シロップを漬ける、干し柿を作る、雑穀をご飯に入れる、鳥手羽元の中華スープを作る、祖母の入浴のあとしまつ、カーテンの定期的な洗濯、犬のグルーミング、母の友人(故人)をしのぶ食事会。
 変わったこと:三角コーナーをなくした、あさりのお味噌汁(父親の好物)が増えた、家の壁を塗りなおして、物干しざおを新しくした。両親の部屋だった部屋は父の部屋になった。誰も受け取れない宅配便の再配達が増えた。
 変化は些細だ。不在しか感じさせない程度に。死は想像よりずっと小さな欠落だ。
 
 私は精神、電気信号としての母が消え、物理物体としての母が燃えて骨になってから、もうあまり母のことを考えることはない。いないものはいないので、墓参りにもあまり意味を感じないし、本人が無宗教で式をやったのだから手を合わせるのも変だ。これを言うと親父はやけに怒るので言わないが、儀式はもう終わったし、文字通り死んだ親の年を数えても仕方ない。
 代わりにたまに夢を見る。いつも通りに叱られたり音楽の話をしたりしている「彼女」は顔も声も姿もぜんぜん母とは違っていて、「のようなもの」なのだが、確実に「彼女」だ。起きてからそれを味わおうとするが、特に甘みも渋みもない。
 
 読み終えられなかった円城塔『文字渦』、2期を見られなかった「ピアノの森」、ポールマッカートニーが歌う「When I'm Sixty Four」、板谷波山や田村一村の展覧会、私の出産予定日でもあった3月7日。そういうものが道々に落ちているが、母が健在だったらと考えることはしない。彼女は私の想像の外にいる。
 
 このまま生きて年をとると、当然のようにいろいろな人が死んでいくだろう。それを私は引き取って、生活の一部を組み変えて、普通に暮らしていく。
 
 このあと多分わたしは30年くらいは生きる(平均寿命ほど長くは生きたくない)と思うんだけど、その中でどう死に向かって生きていくか、をそろそろ考えないといけない歳になってきた。 私はこの家で死ぬだろう。たぶん祖母と父を見送ってひとりで死ぬ。リビングウィルは毎月更新しているが、弟が私より長生きしない限り実行する人はいない。
 さいわい生計は立てられている。処方は増えたけど毎日を規則正しくおくることもできている。もちろん洗濯ものを溜めたりごみを出さなかったりする日もあるけれど、決定的にダメになっていない。そのなかでどうやって死にいたるか。残りの人生を消費していくか。期限の切られていない曖昧な生のなかで、それでも死を前提とした生きものとして生きること。
 ちゃんと死ぬのは存外大変で、だからこそこれくらいは「遂げ」ないといけないなあと思っている。
 
 というのが2019年5月現在のわたしの考え。来年は違うことを考えているかもしれないけど、死がひどく身近にあった1年、だいたいそういうことを思っていました。おわり。
 
安楽死を遂げるまで

安楽死を遂げるまで