#27 残留につき

昼飯のBLTサンドを食べながら見ていたタイムラインに中国新聞カープ番記者アカウントのツイートが流れてきた。
 
會澤翼カープ残留。
 
その数日前からやれ楽天だ巨人だと無責任に流れてくるリツイートを見て、いやもっと言えば「あの」FA以来、私は期待しないようにしていた。FAは選手の権利で、彼らは生きて働く場所を選ぶ自由がある。だから考えない。地元が関東だとか、配偶者も関東出身だとか、嶋が構想外になったとか、そういうことも含めて考えない。そうつとめていたのが緩んだ。生まれた感情は分類も難しく名前は当然つけられず、とりあえずshop.carp.co.jpにアクセスして、ユニフォームとTシャツを買った。これを来季も着られる。そう思って、ほっとした。
 
さかのぼって2012年、いや2011年? 当時あった「ザ・インタビューズ」という今でいう「質問箱(peing)」みたいなサービスにひとつの質問が来た。具体的な文面は覚えていないが、會澤翼に正捕手になってほしいですか?みたいな問いかけだったと思う。そこに私はこれもうろ覚えだが以下のように答えた。
 
今のカープには石原さんという絶対的な正捕手がいるのでなかなかスタメンをとるのは難しいと思う。ただチャンスがあれば試合に出て、いつか「FAしないでくださーい!」とファンに言われるような選手になってほしい。
 
「FAしないでくださーい!」は、これはもう通じないネットスラングだと思うので書いておくと、黒田博樹がFAせずにカープ残留を決めたときに「ヤングアニマル」に載った前後編の漫画のなかでファンの少年が黒田にかけた一言だ。
でも2012年とか2011年とかそのあたりに「會澤FA権取得」とかほざくのはファンとバカだけだった。シュルツが會澤のサインに7回首を振ったのは2009年7月のことだ。そのあと、やれ木村一喜二世だ、森伊蔵だとインターネットのわるい広島ファンに揶揄され、野球詳しいマンたちにインサイドワークが悪いと叩かれ、〇〇専用捕手にもなれず、という時期が続いた。私はヌルいファンをしながら、そして同期の前田健太が華々しく活躍するのを見ながら、あー、またスタメンをとれそうでとれない選手にハマったのか……と思っていた(余談だが前の推しは森笠繁だ)。
 
そもそも私が會澤翼を応援するようになったのは、マジでこれは本当なのだが、「二軍の初打席で頭部死球で退場になった」という話を聞いたのが原因だ。ヘエーと思って読み飛ばしていた広島アスリートのインタビューを読み、まだ無料で公開されていた中国新聞の指名直後会見の短ランボンタンエピソードを読んで、こいつマジか?と思って、それから気にかけるようになった。といっても関東在住の人間は二軍戦には縁がなく(当時マジで金がなくて遠征はできなかった)、実際にプレイを見るのはもう少し先のことになる。明白に覚えているのは2010年5月15日のvsダルビッシュ戦のスタメンや、京セラでスタルツと組んだ時に打った三塁打あたりだ。
 
まあそんなこんなで、2012年か2011年かに、私は「FAしないでくださーい」と言われる選手になったらいいなと、夢見る夢子ちゃん気分でインターネットに書き込んだ。「ザ・インタビューズ」はその後2015年に閉鎖したので、そのログはもう残っていない。今見たらWebArchiveにもなかった。
 
そのあと會澤はライトを守ったりファーストを守ったりしながら徐々に出場試合を増やしていった。そして今年5月、會澤はほんとうにFA権を獲得した。彼を取り巻く状況はがらりと変わっていて、平成の終わりをカープは三連覇で飾り、マツダスタジアムも神宮もハマスタもプラチナチケットになり、当の本人は押しも押されぬ、というのはファン目線だけど、正捕手と呼びなされるようになっていた。
18年オフに丸がFAで巨人に行った。丸と會澤というとそれこそ広島アスリート誌上で暴露された「俺、水短だから」発言なんかが思い起こされるのだが、二人はまあまあ似た環境にあった。ともに関東出身、配偶者も関東出身、脂ののったアラサーでのFA権獲得。
 
だからまあ、しかたないんだよ。そう思うようにしていた。だって、あのあいつが、FAするくらいだよ。関東の子がさあ、関東に戻りたいって言ったって、もっとお金をもらえる球団に行きたいって思ったってしかたないよ。そうだろ。
 
今、発表から6時間ほどがたって、複数年契約(3年6億)の報道、一問一答の全文掲載などがあり、私は會澤の100gあたりのお値段を算出(22万2222円)したりしながらこれを書いている。よかった、のか、わからない。もちろんうれしい。うれしいがそれはファンの感情で、正誤とは別である。もちろんそれはドラフトの成功/失敗のように時がたたないとわからないことで、来年のオフにやっぱFAしま~すと言われるようなことだってあるかもしれない。急に海外FAとか言い出すかもしれないし、人生なにがあるかわからない。
 
いやあでもやっぱりうれしいな。うれしい。どうもありがとう。来年もまた応援させてください。2019年10月10日18時38分、いちファンより。
 
 

読書感想文あるいは11枚の原稿用紙について

 
夏の終わりですね。みなさんは定番の読書感想文は得意でしたか? 私は全然ダメでした。なぜなら読書をすることにかまけていて文章を書く練習をしてこなかったから。そして授業中は本を読んでいて先生の話を聞いていなかったから。お前はいつもそうだ。
大人になって本の感想をまとめることは減りましたがテクニックとして覚えたことがいくつかあるので書き残しておこうと思います。
 
①最初から原稿用紙に書かない
チラシの裏、A4コピー用紙、そういったものを用意します。
 
②本を読む
何の本かわかりません。小説かもしれないノンフィクションかもしれない新書や詩集かもしれない。とりあえず読みます。1回読んで概要をつかんだら、一度本を閉じます。半日くらいおいてから「目次」を読み返します。内容が思い出せましたか? 思い出せたところはあなたの心に残ったところです。そこに注力しましょう。
 
③最終的に伝えたいことを決める
前項で心に残ったところが決まりました。それをチラシの裏に書きます。場所はどこでもいい。そしてその心に残ったところに対しての意見・感想を書きだします。なんでもいいですがだいたい以下のような感じで1文で表せるとよいと思います。
「人間関係の変化に非常に共感できた」
「本筋はおいておいてこのシーンがエモい」
「作者の主張には添いかねる。私はこう思う」
「自分の感情を言語化するとこういう風になるのかと発見した」
なんかこういう感じでいきます。わからない場合はその本を友達や親に勧めるときにどこから勧めるかを考えてみてください。
 
④引用部分を決める
心に残ったところから引用をしましょう。引用というのは字数が稼げるうえに作者の意見とかシナリオをまとめる必要がないので便利です。②でわかった部分に付箋を貼り、だいたい80字までくらいでいい感じの文章を取り出しましょう。
ただし、自分の心に残ったシーンが20ページくらいにわたっているばあいは引用は諦めて自分でまとめましょう。読み違いのリスクはありますがしかたありません。
 
⑤伝えたいことと引用を使って構成を決める
まだ原稿用紙に書かないでください。構成を決めていきます。
だいたい以下の感じで書くのがテンプレになると思います
  • 最初に伝えたいことを書く→理由を書く→その理由は本の(あるいは自分の)どこからきたのかを書く(ここで引用を使う)→最後に伝えたいことをもう一押しする
  • 引用から始める→それに対して思ったこと(伝えたいこと)を書く→理由を書く→その理由がどこからきたのかを書く→まとめる
  • あらすじを書く→伝えたいことを書く→理由を書く→その理由がどこからきたのかを書く(引用を使う)→まとめる
流れが決まったら既定の枚数にしたがって各パートの割合を決めます。
 
⑥原稿用紙に書き始める
決めた流れにそって書きます。途中で思いついたことはあえて書かないようにします。脱線して混乱し破滅するので、最初に決めた通りにやりましょう。どうせ学校に提出するだけの文章です。イキイキしている必要もフレッシュである必要もまったくないのです。
 
⑦小技
・帯のキャッチコピー・文庫本なら裏表紙のあらすじを引用する
これは編集者が頑張って書いてるので本の大事なところを抑えている率が高く、効率がいいです
・解説を使う
文庫本だと解説がついているときがあります。これも本に対する感想とか意見とか推薦文が書かれていることがあるので使えます
読書メーター、「○○(本の名前) 感想文」での検索結果は使わない
これは先生が見てることがあるのでやめたほうがいいです
 
以上です。なおタイトルの11枚の原稿用紙というのは私が小学5年生の夏休みに読書感想文と題して11枚の「あらすじ」を提出しボコボコに怒られたことに由来しています。そういう風にならないように気をつけましょう。では。

ADHD本が溜まったのでレビューします

ADHDとか発達障害の本をいくつか読んだので「ライフハックとして使えるか」に重点を置いてレビューします。
 
あらかじめ申し上げますが、結論としては「そんなことができるならADHDではない」本が多く、私の部屋は相変わらずグチャグチャでカバンの中には折り目のつきまくった謎の紙が入っておりコンサータを飲んでかろうじて会社で仕事をしています。
 
まあそれはさておきレビューを開始しましょう。

 

これはこまごました「困った」に対応するための本です。部屋が汚ければ物を減らす、ものを減らすための判断基準を作る、仕事が混乱するならわかりやすい箱を作る、完了グセをつける……といったふうな個別事案が並んでいます。とはいっても「それができたらADHDじゃないですね」感は否めません。
 

 

「大人のADHD」のための片づけ力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための片づけ力 (健康ライブラリー)

 
同じく司馬さんの片づけに重点を置いた本です。基本的には前掲書をより細かくかみ砕いた内容です。イラスト多めですがイラストがあればわかるわけではない。
 
 

 

「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

 

 同上、「段取り」要はマルチタスクに備えるための本ですが、1冊目があればいい気はします。

 

 これも1冊目と同様の内容です。1冊目よりは「お前の脳はこうできてるんだからこう対応しろ」という傾向があるので司馬さんの本をどれか1冊買うならこれかもしれません。まあでも書いてあることができるようにはなりませんね。


発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

 

 これは「気の持ちよう」みたいなことがほとんど書いていないという点でわりと実用性の高い本です。存在する注意欠陥にいかに先回りしてグッズとかを置いておくかという観点はよく、バインダーで仕事を仕分けるなどは自分でもやっていたことなので親近感もわきました。ただたぶんこの人はもともと頭が良いので全部を参考にしようとすると能力不足で倒れます。実用性はあるけど汎用性はない。そんなかんじ。

 

 

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本

 
ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に暮らすための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に暮らすための本

 
ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が会社の人間関係で困らないための本

ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が会社の人間関係で困らないための本

 

 これはシリーズですね(著者は違います)。混乱したときにワンクッション置くための具体的なメールの文面やアプリの解説なんかがあり、実用性はそれなりにあります。ただ3冊出てるとやっぱり重複するので、買うなら「上手に暮らす」かなあと思います。

 

 

 これは具体例はかなりあげられているので悪くはないです。脳が管理できないから中身が見える透明なケースに入れなさい、など指導があるのはありがたいです。

 

女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)

女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)

 
これはぶっちゃけ読んでも役に立たないので読まなくていいです。労働している女のADHDが求めていることは書かれていません。
 
以上です。またなんか気が付いたり読み返したりしたら追記します。
 
 

あるいは生について考えたこと

 昨年は母が徐々に死んでいったので、死について考えることが多かった。
 
 きっかけのひとつは宮下洋一『安楽死を遂げるまで』で、これは日欧各国の安楽死制度あるいはそれに向かう取りくみについてのルポルタージュだ。わたしは死は選べるものであってほしいと思っているので、その立場から読んだ。そのとき母は存命で、たしか薦めた気すらする。
 中身の要約はいろんな人がしているから感想を述べると、自分で腕に刺さったチューブのコックをひねって「遂げる」のを、わたしはすごく素敵だと思った。すべてを片付けて(それがどれだけ大変なことか)、選択して死にいたる、それはとても理想的なことだ。そういう特権的な死に対して、わたしは希望を抱いた。それからそれがもし万人に許されることだったら?と仮定をしてみたけれど、やはりそれは魅力的だった。
 もちろん安楽死が合法化されるためにはいろいろな議論を乗り越えなければならず、たとえば望まない人が追い込まれる形で安楽死を「選ぶ」はめになったらどうするのか?という問いに、わたしは明確な答えを返すことができない。社会はたぶん死をも選択にいれる方向に動いてくれると思うけど、それが具体化するのはだいぶ先の話だろう。だから『安楽死を遂げるまで』でわたしが思い描いたことは、ある意味でまだSFだ、とてもとても蠱惑的な。
 それが死について考えたひとつ。
 
 もうひとつはもちろん母で、彼女は病気だったので徐々に(半年くらい)かけて死んでいった。衰えという言葉の意味がよくわかったし、ひとから漂う死臭に近いものも嗅ぎとった。死んでいくのはやっぱり大変でしんどく、人生に一度でいいことだなと思った。
 彼女はわりと最期まで意識も清明だったけれど、やはりコミュニケーションは万全でなく、『安楽死を遂げるまで』に出てきたような、最後にきちんとあいさつをして死に臨むようなことは、残念ながらできなかった。といっても彼女の死に対して悔いややりのこしたことはなく、たまにセデーション(鎮静)をしたほうがよかったのかもしれない、と思うことはあっても、延命治療なんかをすればよかったのに、と思ったことはない。
(誰と比較するわけではないけれど)わりと冷静に死んでいった彼女のことを思うとき、自分もたぶん同じように取り乱さずに沈着に死んでいく、そうありたいと思う。そういう意味で身近な人の死は自分にとってあらためて死を考えるきっかけになった。
 
 それで母が死んで、わたしは祖父の逝去以来ひさしぶりに遺族をやったわけだけれども、身近な人を病気で失ってなお、やっぱり私は死を選びたいと思う。
 この希死念慮はずっと私と共にあるもので、付き合いはたぶん25年以上になる。タイミングが合えばわたしはいつでもそちら側に行きたい。ただ都合がつかない。今日宅配便が届くからだとか、あるいはものすごく具合が悪い日はもう動くことすら億劫だとか、大小さまざまな理由があって、いくつかのスイッチがすべてオンになることがなかった。残念ながら多分これからも、少なくとも法制度が整うまでは、私はこの感情と生きていくしかない。
 
 相変わらず生活はばたばたしているが、死後の諸々人知を超えた量の手続きもそろそろ終わるし、ばたばたしているのはいつも通りということだ。
 変わらずやっていること:梅シロップを漬ける、干し柿を作る、雑穀をご飯に入れる、鳥手羽元の中華スープを作る、祖母の入浴のあとしまつ、カーテンの定期的な洗濯、犬のグルーミング、母の友人(故人)をしのぶ食事会。
 変わったこと:三角コーナーをなくした、あさりのお味噌汁(父親の好物)が増えた、家の壁を塗りなおして、物干しざおを新しくした。両親の部屋だった部屋は父の部屋になった。誰も受け取れない宅配便の再配達が増えた。
 変化は些細だ。不在しか感じさせない程度に。死は想像よりずっと小さな欠落だ。
 
 私は精神、電気信号としての母が消え、物理物体としての母が燃えて骨になってから、もうあまり母のことを考えることはない。いないものはいないので、墓参りにもあまり意味を感じないし、本人が無宗教で式をやったのだから手を合わせるのも変だ。これを言うと親父はやけに怒るので言わないが、儀式はもう終わったし、文字通り死んだ親の年を数えても仕方ない。
 代わりにたまに夢を見る。いつも通りに叱られたり音楽の話をしたりしている「彼女」は顔も声も姿もぜんぜん母とは違っていて、「のようなもの」なのだが、確実に「彼女」だ。起きてからそれを味わおうとするが、特に甘みも渋みもない。
 
 読み終えられなかった円城塔『文字渦』、2期を見られなかった「ピアノの森」、ポールマッカートニーが歌う「When I'm Sixty Four」、板谷波山や田村一村の展覧会、私の出産予定日でもあった3月7日。そういうものが道々に落ちているが、母が健在だったらと考えることはしない。彼女は私の想像の外にいる。
 
 このまま生きて年をとると、当然のようにいろいろな人が死んでいくだろう。それを私は引き取って、生活の一部を組み変えて、普通に暮らしていく。
 
 このあと多分わたしは30年くらいは生きる(平均寿命ほど長くは生きたくない)と思うんだけど、その中でどう死に向かって生きていくか、をそろそろ考えないといけない歳になってきた。 私はこの家で死ぬだろう。たぶん祖母と父を見送ってひとりで死ぬ。リビングウィルは毎月更新しているが、弟が私より長生きしない限り実行する人はいない。
 さいわい生計は立てられている。処方は増えたけど毎日を規則正しくおくることもできている。もちろん洗濯ものを溜めたりごみを出さなかったりする日もあるけれど、決定的にダメになっていない。そのなかでどうやって死にいたるか。残りの人生を消費していくか。期限の切られていない曖昧な生のなかで、それでも死を前提とした生きものとして生きること。
 ちゃんと死ぬのは存外大変で、だからこそこれくらいは「遂げ」ないといけないなあと思っている。
 
 というのが2019年5月現在のわたしの考え。来年は違うことを考えているかもしれないけど、死がひどく身近にあった1年、だいたいそういうことを思っていました。おわり。
 
安楽死を遂げるまで

安楽死を遂げるまで

 

 

2018年よかった本

基本的に「今年読んだ本」なので既刊とか文庫化とか電子化とかも入ってます。順不同、ジャンルむちゃくちゃ、コメントなしですがいずれも面白いか役に立つかどっちかだと思います。
ファンダム・レボリューション:SNS時代の新たな熱狂

ファンダム・レボリューション:SNS時代の新たな熱狂

 
死体格差 解剖台の上の「声なき声」より

死体格差 解剖台の上の「声なき声」より

 
安楽死を遂げるまで

安楽死を遂げるまで

 
デリヘルドライバー

デリヘルドライバー

 
革命前夜 (文春文庫)

革命前夜 (文春文庫)

 
「大人のADHD」のための片づけ力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための片づけ力 (健康ライブラリー)

 
「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

「大人のADHD」のための段取り力 (健康ライブラリー)

 
発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

 
高齢化するひきこもりのサバイバルライフプラン 親亡き後も生きのびるために

高齢化するひきこもりのサバイバルライフプラン 親亡き後も生きのびるために

 
皆川博子の辺境薔薇館: Fragments of Hiroko Minagawa

皆川博子の辺境薔薇館: Fragments of Hiroko Minagawa

 
マリー・アントワネットの日記 Rose (新潮文庫nex)

マリー・アントワネットの日記 Rose (新潮文庫nex)

 
マリー・アントワネットの日記 Bleu (新潮文庫nex)

マリー・アントワネットの日記 Bleu (新潮文庫nex)

 
くたばれ地下アイドル

くたばれ地下アイドル

 
サリン事件死刑囚 中川智正との対話

サリン事件死刑囚 中川智正との対話

 
宇多田ヒカルの言葉

宇多田ヒカルの言葉

 
チェコSF短編小説集 (平凡社ライブラリー)

チェコSF短編小説集 (平凡社ライブラリー)

 
物語論 基礎と応用 (講談社選書メチエ)

物語論 基礎と応用 (講談社選書メチエ)

 
闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

 
銀河の死なない子供たちへ(上) (電撃コミックスNEXT)
 
バーナード嬢曰く。 (4) (REXコミックス)

バーナード嬢曰く。 (4) (REXコミックス)

 
最愛の子ども

最愛の子ども

 
夜愁〈上〉 (創元推理文庫)

夜愁〈上〉 (創元推理文庫)

 
夜愁〈下〉 (創元推理文庫)

夜愁〈下〉 (創元推理文庫)

 
荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

 
荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)

 

 

※この2冊は葬儀前に買っておいてよかった本です 

身近な人が亡くなったときの手続きと届け出ぜんぶ (中経の文庫)

身近な人が亡くなったときの手続きと届け出ぜんぶ (中経の文庫)

 
大切な人が亡くなった後の手続き 完全ガイド

大切な人が亡くなった後の手続き 完全ガイド

 

 

以上です、よき読書ライフを!

 

2018年買ってよかったもの

2018年に買ってよかったものをあげていきます。本は別にまとめるのでなんかそうじゃない物理的な物体

 

実印(チタン)

相続で必要なので買いました。

www.e-nisino.com

ここのやつ。チタンなのはカッコいいからではなくて落っことしても欠けないからです。

 

EIZO 23.8型モニター EV2451-RBKAZ

憧れのEIZO(nanao)デビューしました。別にカラー絵をかく予定はないです。ノングレア、なによりも顔が映らなくていい……。

 

FILCO Majestouch2 Tenkeyless S ピンク軸

いろいろあって8万字ほど打つ必要があり、メカニカルキーボードデビューしました。打鍵感がよくツイッターがはかどります。

 

Anker PowerCore 20100

強いバッテリー。旅行に持っていけるバッテリーが欲しくて買いました。毎日持ち歩いており、それにはぶっちゃけ重いですが、災害・トラブル用だと思えばつらくない。

 

JapanKnowladge

japanknowledge.com

オンラインで引ける辞書、百科事典。月額1600円でこれは安い。仕事でもプライベートでも使い倒しています。

 

EX-word XD-Z6500

これも仕事で使ってます。特徴としてはJapanKnowladgeに入ってない辞書が引ける。あとオタクごとで四字熟語を引く機会が増えたのでそれにも大活躍。

 

アンブリオリス モイスチャークリーム

下地にできる香りのいいニベア上位互換。朝はサボリーノすら面倒だったのですがこれは塗れた。

 

ALBION SMARTSKIN ベリーレア

www.albion.co.jp

アンブリオリスを塗った後15秒で顔面を作れるファンデ。すごい。使用感を検索しようとするといきなりステーキの肉の画像がものすごく大量に出てくる。

 

SHISEIDO スノービューティー

スノービューティー ホワイトニング フェースパウダー 2017 25g 【医薬部外品】

スノービューティー ホワイトニング フェースパウダー 2017 25g 【医薬部外品】

 

いい香りがする粉。崩れないしテンションが上がるので朝化粧をする気になる。

 

コクヨ エンディングノート

コクヨ エンディングノート もしもの時に役立つノート B5 LES-E101

コクヨ エンディングノート もしもの時に役立つノート B5 LES-E101

 

いままでもエンディングメモ的なものは書いていたのですが、物理的にまとめることにしました。いろいろ見てこれがベーシックで良かった。

 

キングジム 取扱説明書ファイル

キングジム 取扱説明書ファイル  A4S 2632 ライトグレー

キングジム 取扱説明書ファイル A4S 2632 ライトグレー

 

上記エンディングノートとあわせて、いざというときの保険証券類や各SNSに投稿してもらう文言などをここにぶちこんであります。

 

ナカバヤシ なげこみBOX

母関係の書類を全部投げ込んでおく箱として使っています。母の色々が済んだら郵便物投げ入れBOXにする予定。

 

山崎実業そのまま結束できるダンボール収納

通販人間なので買いました。毎週資源ゴミの日の前夜になんだこの量は……!?と思いながらくくっています。

 

トライストラムス バッグインバッグ

前に紹介したもの。相変わらずカバンの中の崩壊をギリギリのところで防いでくれています。

 

マルマン 60周年記念トートバッグ

でかくて便利でくまが可愛い。再販されたみたいなので逃してたかたどうぞ~。

 

amazarashi「スピードと摩擦」

スピードと摩擦

スピードと摩擦

 

amazarashiデビューしました。鬱ロックなるカテゴリには断固反対していきますが……。

 

イワタ明朝体オールド

イワタ明朝体オールド Pr6/Pr6N

イワタ明朝体オールド Pr6/Pr6N

 

これはですね、ハヤカワ文庫ごっこができます。カナのこぶりな感じが可愛いし、この書体にするとどんな文章でもハヤカワ文庫になる。嬉しい。

 

華氏451度Tシャツ

https://www.hayakawabooks.com/n/n8d6a04316a22

ハヤカワ文庫繫がりで寝巻にしてる。

 

テレビ

これはもらったものなのですが、テレビが家にあると自ジャンルのアニメとかを見られて大変便利だということに2018年になって気づきました。

 

 

以上です。今年はめっちゃ買いものしたと思います。消費するぞ~~。

声の記憶

 母が亡くなって一ヶ月半が過ぎた。
 暮らしのおおよそは変わっていない。というのは「彼女が入院していたとき」から変わっていないという意味だ。不在は続き、生活は回る。お花は花束からアレンジメントまでたくさん届くから世話をしなければならないし、いただいたお供えの賞味期限に追われているし、書類はやまほど書かなければならないけれど、それ以外は本当に前と変わらない。
 ひとの死はそうやって埋もれていくのがわたしはよいと思うし、今回はその前の本人プロデュースのセレモニー(このことについては別に書くと思う)とあわせて、とてもうまくいっている気がする。家族の中で極端な混乱や怒りや悲しみといったものは生まれず、感情は軟着陸することができた。もちろんそれはわたしの知る範囲でのことで、個々人がプライベートでどう感じたかはわからないけど、わたしに限っていえば、大波はひとつもない。淡々と年賀欠礼状を注文し、宛名を書き、母の友人を家に迎えた。ひとつ記しておくと、そこでの会話は笑い話が多かった。
 そうやっていろいろなことを片付けていく中で、そういえば母の声を忘れたな、と気づいた。わたしは小さい時からファーストネームで呼ばれていて、それは弟が生まれた後もそんなに変わらなかった。これは多分に本人が長女だったことに起因していると思う。「姉さん」と呼ばれたことは少ない。だから散々叱られたことも含めてめちゃくちゃたくさんの回数名前を呼ばれているはずなのに、母がどんな音でわたしを呼んだのか、わたしはたかだか一ヶ月半でまるきり忘れてしまった。
 ただまあ、いいかなと思っている。
 今回、わたしは人間の記憶の容量を超えて覚えておくことをやめた、諦めた。というと、人間の記憶の容量を超えて覚えておくために外部媒体にアウトソーシングをすることが仕事のくせに、という話にり、そもそもこの文章自体を書くこと自体がどうなんだというふうになるが、今回に限ってはというか、母に限ってはというか、本人が遺そうとしていないことについては覚えておこうとする努力をやめた。
 もともと母は長患いをしてきた人だ。その人がいざ死に臨んでなにを遺そうとしたか、わたしは覚えて、ときに代わりに実行してきた。その中にわたしを呼ぶ声は、というか肉声はリストアップされていなかった。死の2週間前まで自分の葬儀で読む手紙を推敲していたひとが、こと音についてはなにも遺さなかった。だから、たぶん母はそこまで念を入れて自分の声を遺そうとは思っていなかったんだろう。
 もしかしたら父か弟の携帯にはまだ声が残っていて、それを聞いたら回復するのかもしれないけれど、そこまで無理をして死人を呼び起こさなくてもいいんじゃないか。

 弔いの仕方もいろいろあると思うけれど、わたしは今回そうしようと決めて、時間が消していく声をそのままにしている。