#28 その2

 開幕して3ヵ月弱がたった。懸念していたほど、わたしは彼のことを嫌がっていない。チーム状況が最悪でほかに誰も四番を打てなかったからか、彼が見たこともないような着実さで打点を重ねていたからか、スタメン発表に顔をしかめることもなく、タイムラインに流れてくる写真にも反応しないでいられる。

 

 試合を見るたびに、むかし自分が彼のことをどう思っていたのかが、ぼんやり浮かび上がってくる。

 わたしはあのみっともない守備が好きだったし、力の加減がちっともうまくないスイングも好きだったし、どうしてそんなにギャグ漫画的なのだろうと首をかしげる走塁も好きだった。

 そのころいちばんの贔屓にしていたのは森笠だった。残念ながら森笠はわたしのべたべたに甘い目から見てもカープを背負う選手ではなくて、そのポジションに立つのは、同級生で同期入団*1である彼だと思っていた。東出といっしょにせっせとエラーの山を築き上げている真っ最中は、かわいそうな小山田やミンチーに同情してふたりにキレていたけど、それでも将来四番を打つのは、カープときいた時に真っ先に名が挙がるようになるのは、絶対にこいつだと思っていた。もしかしたら当時のフロントの意思を丸呑みにしていただけかもしれなくても、いちおう数字とか愛嬌とか体の大きさとかを咀嚼したつもりでそう思っていた。「とてもひどい」守備が「かなりまずい」になり、「うまくない」になり、バットがボールにあたってそれがすごく遠くまで飛ぶようになり、ホームラン王というタイトルがついてきて、オールスターに選ばれたり、代表に選ばれたり、チームの顔として彼がいろいろなひとに愛されるのを見るのはほんとうに嬉しかった。

 だからわたしは泣いたし怒ったのだ。

 

 いま彼のことを応援している人たちを羨ましく思うこともある。わたしも応援歌は歌う。声援もおくる。タイムリーが出たら、ファーストの守備につく彼の名前も呼ぶ。でもそれはほかの誰に対するものとも違う、なにかがこと切れたあとの声だ。

 わたしは彼のファンでいるためにものすごく大切なものを手放したのだと思う。それを持ち続けていたひとのことを立派だと思うし、新たに彼のファンになったひとには、ずっと彼のことを好きでいてほしいと思う。彼はそれだけの魅力がある選手だと思うし、それ以上に人間として、たぶんすごく素敵なひとだ。

 昔には戻れない。悪いとか許さないとか嫌いとか顔も見たくないとかのネガティブな感情はもうなくて、シンプルに、もう、ファンではない。わたしは一度彼の熱心なファンで、あの報道を聞いた瞬間にそうあることを取りやめて、そのあとの数年間は、怒りと嫉妬で彼が何をしていたのかも見なかった。そこで全部は終わっている。その先は愛するチームに戻ってきた、気がよくて、よく打って、いつかよりだいぶ守備も上手くなって、無性に懐かしい誰かのことを呆然と眺めるだけだ。いまはそれで納得している。

*1:前原さんリスペクト的表現