黒田の復帰について

 年始に賀状をたくさんいただいたのだが、うち、プライベートなモノのほとんどに「黒田」の文字が躍っていたのは、わたしの知人友人諸氏がわたしと同様にものぐさもとい多忙で、27日あたりから年賀状を書き始めた証左だ。

 

 というのはどうでもよくて、やっぱり黒田のニュースは全野球ファンにとってとても大きいものだった。仕事納めの丑三つ時にいきなり舞い込んだ第一報。いや噓だろ。スポニチ? よくできたコラじゃねえの? というツイッターの混乱を経てアップロードされた中国新聞の紙面に、観測範囲内のカープファンは狂喜した。その夜には高級なお酒を開けたアカウントの多かったこと。ハレの暁というのは今日ではない!と思いながら、わたしもピルクルを開けた。下戸だから。

 

 もうさんざん言いつくされたことではあるけれど、この決断を男気という言葉でくくってしまうのはとても簡単で、だからこそためらいがある。21億円を捨てるというのは「すごくわかりやすい指標」で、野球ファンでない人たちに説明するときに、非常に便利だ。だが21億-4億の17億円が黒田博樹のスゴさかと言えば、全然そんなことはない。

 データ的なモノは得意でないので簡単に書くが、黒田博樹39歳は、5年連続フタケタ勝利という、超一線級のメジャーリーガーだ。小学生の時に野茂が海を渡った世代からすると、メジャーリーグというのは夢の塊だ。

 そして黒田はいまだに夢を見せてくれる数少ない日本人メジャーリーガーだ。復帰の報せを聞いてこんなに嬉しかったのに、四十路の黒田がメジャーで投げて援護が普通にあってビシバシに勝ったら……という妄想が簡単に沸き立つ。ダルビッシュ田中将大という今まさに絶頂期にあるピッチャーと変わらない。

 06年の残留騒動のあたりから、彼は大きな夢を託せる野球選手のひとりだったわけだが、それが海の向こうで幾倍にも膨らんで、ついに帰ってくる。というのが、わたしにとっての黒田復帰の価値だ。

 

 黒田には『クオリティピッチング』という著書がある。第一作の『決めて、断つ』に続くもので、『決めて、断つ』がどちらかというといかに自分はプロになり、メジャーに行くことを決めたのか、という自伝+メンタル本であったのに対して、いうなれば「野球道」的な本だ。いかに「投げられる球」を増やすか、追い詰められるような状況にいたらないようにするか、まったく違った環境にアジャストするか。

 ここで、黒田は本当に全部をしゃべっている。本書を読むとわかるのだけれど、黒田は積み重ねる人で、毎年毎年、すべてを調整している。ばれてもいいのだ、去年までのことだから。というふうにわたしはとらえている。そして去年までで得た実りを、黒田は伝えようとする。Number Webの刊行当時の記事を見ると、自分から、こうしたらわかりやすいのでは、伝わるのでは、と提案してきたという。

 今回も、黒田は全部しゃべりに帰ってきたのではないだろうか。MLBで得たもの、技術にせよ、姿勢にせよ、すべてを後輩たちに伝えるために。もしかしたら、黒田が失くしたものもあるかもしれない。それもNPBで彼が投げることではっきりするのではないだろうか。もちろん時間の経過はあるし、8年前のNPBとは違う(そもそもボールが全く違う)のだが、その違い自体も黒田が語れば、何かしらが加わって後輩たちの実になるのでは、と思う。

 2016年にはMLBのマウンドを踏むであろう前田健太、次世代エースたる野村、大瀬、わたしが勝手に黒田級やでと思い込んでいる福井、and more. いや、投手に限ることではない。捕手も外野手も内野手も、みんな黒田と話してほしい。個人的にはもちろん會澤に黒田が知るマウンドからの景色を伝えてほしいのだが、たぶんそれは願わなくても実現する(なんとすばらしいことだ)。

 黒田の考えていることは連綿とつたわるだろう、と思うし、すでにわたしたちは2冊の黒田本を手にしているし、おそらくKKベストセラーズは著:黒田博樹の次の球を用意するだろう。そしておそらく黒田は出し惜しみはしない。

 

 黒田博樹が帰ってくること。それは、カープへ、あるいはもっと大きく、NPBプロ野球、さらに裾野の高校球児、草野球にいたるまですべてのプレーヤーと、それを応援する人たちへ向けられた黒田博樹の「愛」なのではないか、と思っている。