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老害をやめようと思った

前エントリに引き続き、#28の人について。

 
 
ここ2週間ほど、若い広島ファンと話す機会が何度かあった。
若いというのは歳ではなくファン歴のことで、いつからファンなのか聞くとこの1、2年ですねと返ってくる。喧伝されているような「カープ女子」が実在することをようやく体験した。そりゃあ流行語大賞も獲るだろう。これが一過性の消費物にならずに、いろんな意味で女子供に優しいNPBになってくれることを願う。
 
 
で、そういう若いファンに訊きたかったのが、新井貴浩のことだ。大きく構えれば20世紀からカープを応援している人間にとっては、前のエントリで書いたようにものすごくたくさん思うところのある選手だ。
だが、さやわかに言わせれば、「残念」がキーになるらしい2010年代(一〇年代文化論 (星海社新書):Amazon.co.jp:本)にカープファンになった人たちは、広島新井を知らない。彼らはまさに「残念」を体現するところの新井貴浩をどう思うのか。
(ここまでは単に大仰な前説が書きたかっただけです)
 
返ってきたのは、こんな答えだ。
「ひどいことを言って、出て行ったのは読んで知っているけど、実感がない」
「広島時代は知らない、阪神の選手」
「正直よく知らない。あんまり打たないと思う」
 
よくよく考えたら、彼が去ったのは7年前なのだ。2007年シーズンの外国人のラインナップを思い出そう。ダグラス、フェルナンデス、カリダ、アレックス・オチョアだ。1勝につき1チョロQだ。
 

広島新井の幻影は、カリダとケサダの差みたいにかすかで、あの頃を知る人間だけに重い。

 

新井貴浩が、まったく特別じゃないただの阪神の選手であること。ましてや、ここ1年のファンからすれば単なる代打(!)のベテラン(!)であること。どちらも、当たり前のこと。

新井貴浩は38になった。カープに在籍した同級生たちを見れば、最後の現役選手だった横山竜士が今年引退した。森笠は二軍コーチ、嶋も西武の二軍コーチ、小山田は横浜の球団職員になり、田村は赤パンツで世を席巻し、福井は検索したらゴールデンゴールズを辞めて少年野球の監督をしていた。

 

あの98年ドラフトと、それからの9年間はもうずっとずっと前の話だ。

 

 

坂口安吾は好きなものは呪うか殺すか争うかしかないと書いたが、せめて、呪わないようにしたい。わだかまりは消えないけど、本当に大好きだった彼はもう二度と返ってこないけれど、呪いは他人にとりつくから。

真っ白に新井貴浩を応援するファンに、「でもさ、アイツが何言って出てったか知ってるか?」なんていう老害になるのは、やめようと思う。